COMMENT

マーク・サン・シール(映画評論家)

終末的世界観を表現し続けてきた福島拓哉は、その絶望をテーマにしているわけではない。
立ち向かう強さと魂の再生をもたらす真実として、
何度も何度も(本当に)、愛を描き続けているのだ。
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ヴィヴィアン佐藤(ドラァグクイーン/美術家)

「モダン」とは詩人ボードレールの「モデルニテ(現代性)」という言葉から始まったものだ。ボードレールによれば「モデルニテ」の定義とは、「一時的で、うつろい易く、偶発的で、これらが芸術の半分をなし、他の半分が、永遠なもの、不易なものである」と。(もちろんこの場合、L.カラックス『汚れた血』の挿入歌であるD.ボウイの『Modern Love』と解釈するのが正解であろうが、、、)

劇中登場する三つの世界は、通常はけっして交わらずパラレルワールドとして存在している。しかし、そのうつろい易い薄膜的な世界に裂目が生じ、互いに干渉してしまったならば、、、そのときはじめて永遠性というものを獲得できるのかもしれない。

惑星は定められた速度と軌道を保っている。人工衛星も同様である。しかし、その速度と軌道が重なったときに「ランデブー」が起きる。ふたりの人間の速度と軌道が重なったときに(=ランデブー状態)、「恋愛」という化学変化が生ずるとするならば、人間もまたある種の惑星であり、本来は「孤独な惑星」なのかもしれない。

うつろいやすい「恋愛」のランデブー状態や絶頂を永遠に留めるその方法とは、、、現代における永遠性の問題を真正面から捉えた力作である。

後藤まりこ(ミュージシャン)

気が付いていませんが、もしかしたら、私にも私の私がいるのかも知れません。
後悔ばかりしてる私は「あの頃に戻れたら」脳がたまに発動します。壁の向こうに行ってみたい、様な気がします。自分と対峙するの、怖いけど。新しいものを選ぶの、怖いけど。
ミカさん、幸せになってください。学食、学食、学食ダンス。

デビッド・ポウンテイン(Filmdoo編集長)

福島拓哉は普通の監督が描かない領域に踏み入っている。
人間的な感情や苦悩の中に存在する、異質で、複雑かつ抽象的な世界の領域だ。

ピーテル・ヤン・ヴァン・ヘッケ(映画評論家)

新しい物語と映像美を生み出す才能に恵まれた福島拓哉を堪能できる、ものすごい作品である。
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大河内泰樹(哲学者)

この映画は哲学的な映画でもあるが、その哲学を呈示する福島拓哉の映像世界はあまりに美しい。この映画を見たあとではあなたの生きている世界はこれまでとは全く違うものになっているだろうが、しかしその世界をこれまで以上に愛していることに気づくだろう。

佐山泰三(演出家)

福島監督の頭の中を『マルコビッチの穴』的に覗き込んだらこんな映画になってしまった!
過去の男に異常なまでに強い思いを寄せる彼女の一人称で語られるのだが、これこそ監督脳内の科学変化を楽しんで創作しているのであろう。同じ手法ではウディ・アレンの『アニー・ホール』に近い感じをうけた。ただし主人公をアレンのように自分にするのか?女性にするのか?の違いは大きいですね。
福島監督のアニマ的主人公を演じているのが、今いちばん演劇界で注目されている稲村梓。彼女の魅力がこの映画を一級品に昇華させているようです。特にパラレルワールド内での自分との一人芝居は見事に見せてくれました。
福島監督の自由な思考が詰まっていますね。ATG映画『旅の重さ』斎藤耕一監督の主人公「高橋洋子」を思いだしました。

中村高寛(映画監督)

『MODERN LOVE』。最初は何故、こんなベタな題名をつけたのかと疑問に思った。
が、しかし観終わった後、腑に落ちた。
『LOVE』恋愛映画というフォルムを使いながら、『MODERN』現代における映画表現の可能性を模索し、挑戦していた。
何よりベタと思ったのは大いなる勘違い、それどころか本作は(バジェットや公開規模ではなく)メインストリームに連なる映画だった。

切通理作(映画評論家)

福島監督は愛のあるセックスを信じているのだなと感じました。
そして私は自分と他人とはどう違うんだろう、自分以外の人生を生きたことがないのになぜ世界が実在するのだろうとずっと不思議に思っていましたが、それを考える糸口が愛なのだなという気づきがありました。
またもや福島監督が奏でる映像のメロディに持っていかれてしまいました。

アレックス・ルイス(ミュージシャン/Chingon, Del Castillo)

現実世界と別世界の人々を同じリアリティで描く手法が秀逸だ。
福島拓哉は人生のエレメントを映画を通して表現できる、近年稀なアーティストである。